ダン・ヤッカリーノの『ゴミだらけの街』で、自分も社会の一員であるということを学ぶ

 ダン・ヤッカリーノ Dan Yaccarino の作品がいま僕の手もとに6冊ある。彼の作った絵本は数が多い。すべて集めたなら、デスクにうずたかく積み上がることだろう。6冊を出版された年代順に紹介しておこう。
 Trashy Town は1999年の作品だ。題名を仮に日本語にするとして、『ゴミだらけの街』とでもなるだろうか。街のなかのさまざまな場所で、ゴミをトラックに積んでは収集してまわる、ひとりの男性を主人公にした愉快な絵本だ。社会のインフラストラクチャーをハードウェアだとすると、ソフトウェアは人々であり、人々とはひとりひとりの人の多数の集合だ。リアリズムを旨とする絵本の主人公に、この多数の人たちのなかからどのような人を選び出し、その人に絵本のなかでなにをさせるかは、どの作者もくぐり抜けなければならない、最初の関門だろう。
 この『ゴミだらけの街』はヤッカリーノの傑作のひとつだと僕は思う。絵が素晴らしい。ゴミを集めてまわる男性とそのトラックの良さも、絵本ならではのものだ。彼の表情がいい。楽しげに、元気よく、自分のスタイルを忠実に守ってゴミを集め、1日の仕事を終えて自宅へ帰っていき、風呂に入る。自分は社会のなかのひとりの人だ、という事実を幼い子供たちに体の芯から学ばせる絵本だ。仕事としてゴミを扱う人、あるいはゴミそのものが主人公となっている絵本は、僕の知るかぎりではこれ1冊だけだ。ほかにもあるかどうか、探してみよう。
『ゴミだらけの街』
『ゴミだらけの街』アンドレア・ジマーマン、デヴィッド・クレムシャ 作、ダン・ヤッカリーノ 絵
 "Trashy Town" by Andrea Zimmerman & David Clemesha, illustrated by Dan Yaccarino, 1999 

ジャングルもひとつの社会なのだ・・・『ジャングルの奥深く』

 『ジャングルの奥深く』 Deep In The Jungle は2000年に出版された。これも傑作だ。ストーリー展開のひねりは充分に効いている。これくらいひねってあると、子供たちは夢中になるだろう。ジャングルの帝王として君臨していばっているライオンが、そのうなり声がいかにもライオンらしくて魅力的だ、という理由で都会へと連れ出され、サーカスの一員になって芸を仕込まれる。しかしライオンは芸が得意ではない。さて、そこからどのような展開になるのか。主題は『ゴミだらけの街』とおなじく、社会とそのなかに生きる人たち全員と、その全員を構成するひとりひとり、という普遍的なものだ。この主題をこのような絵本にすることが出来るとは。
『ジャングルの奥深く』
『ジャングルの奥深く』ダン・ヤッカリーノ 作
 "Deep In The Jungle" by Dan Yaccarino, 2000 

夢中になって絵本の中へ・・・『この本を最初から最後まで』

 2001年の作品である『この本を最初から最後まで』 I Love Going Through This Book に、僕は喝采を叫びたい。アイディアの勝利、という種類の、文句なしの傑作だ。作者は別にいて、ヤッカリーノは絵をつけただけのようだが、基本的なアイディアはヤッカリーノのものもしれない。だからここでは、ヤッカリーノの傑作、ということにしておく。
 1冊の本を手に入れたら、まずとにかく表紙を開かないことには、いっさいなにごとも始まらない。絵本でもおなじことだ。表紙を開き、最初から1ページずつ繰っていきながら、文章を読み絵を楽しむ。そしていつのまにか最後のページに到達する。裏表紙を閉じる。気にいった絵本なら、子供たちは何度でも表紙を開き、ページを繰っては、その絵本のなかを視線と想像力で動いていく。本というものが持つこうした基本的な性質を逆手に取り、絵本にあてはめて大成功したのが、この作品だ。
 ひとりの少年が絵本のなかへ入り込む。ページごとに面白い世界が開ける。そのなかを彼は楽しく移動していく。さまざまな状況のなかでいろんな人たちと遭遇するのだが、彼とおなじ人間はひとりもいず、すべて動物たちであるところが、絵本の醍醐味だ。絵がじつに楽しい。ヤッカリーノはサイズの大きな絵と彫刻とを得意にしているという。展覧会は日本でも開かれたそうだ。最後のページから裏表紙まで到達した主人公の少年は、表紙へと戻っていく。1冊の絵本を夢中で繰り返し読む、という心の営みを主題にした、これこそ絵本と言っていい出来ばえだ。
『この本を最初から最後まで』
『この本を最初から最後まで』ロバート・バーレイ 作、ダン・ヤッカリーノ 絵
 "I Love Going Through This Book" by Robert Burleigh, illustrated by Dan Yaccarino, 2001 

蛸のオズワルドと愉快な仲間たち・・・『オズワルド』

 おなじく2001年の作品に『オズワルド』 Oswald という愉快なのがある。蛸のオズワルドは、友人のウィーニーという名の犬とともに、都会へと引っ越していく。表紙に登場している青い球体のようなキャラクターが、蛸のオズワルドだ。そしてその友人のウィーニーは、ソーセージをはさんだホットドッグを犬にしたようなかたちをしている。
 都会へ引っ越しのはいいけれど、オズワルドの宝物であるピアノが、大きすぎてアパートメントの部屋になかなか入らない。それを見て近所のいろんな人たちが、知恵と助力を申し出る。それをきっかけにして、オズワルドとウィーニーは、都会に生きるさまざまな人たちと知り合うことになる。ペンギンのヘンリー。卵の双子。雪だるまのジョニー。といった人たちだ。社会とそこに生きる人たち、という尽きることのない主題が、素晴らしく愉快な絵とストーリーによって、この上なく楽しく展開されている。ハードカヴァー版はすでに絶版だということだが、蛸のオズワルドというキャラクターの面白さは人気となり、アニメーションになった。
『オズワルド』
『オズワルド』ダン・ヤッカリーノ 作
 "Oswald" by Dan Yaccarino, 2001 

仲よしの犬と猫に赤ちゃんが加わって・・・『ビトル』

 ダン・ヤッカリーノの2004年の作品である『ビトル』 Bittle では、登場する主人公たちは3人だけだ。樹木に囲まれた黄色い大きな家に、夫妻が住んでいる。この夫妻には、ナイジェルという猫とジュリアという犬がいる。そしてそこに、夫妻の赤ちゃんが生まれる。犬と猫そして赤ちゃんの、楽しい物語がこうして始まる。ビトルというのは、ナイジェルとジュリアがその赤ちゃんにつけた名前だ。夫妻の姿はどちらも膝から下が一度だけ画面にあらわれる。この工夫が効果をあげている。仲のいい犬と猫、そしてそこに加わる、元気のいい赤ちゃんという3人の物語のなかに、幼い読者たちはまずとにかく視覚をとおして引き込まれた上で、気持ちが集中させられていくしかけになっている。1冊の絵本のなかにこのような工夫を探していくと、楽しさの種はつきない。
『ビトル』
『ビトル』パトリシア・マクラクラン、エミリー・マクラクラン 作、ダン・ヤッカリーノ 絵
 "Bittle" by Patricia MacLachlan & Emily MacLachlan, illustrated by Dan Yaccarino, 2004 

ごく平凡な日常のひとこまに想像力をふくらませる・・・『いつも金曜日には』

 2007年の『いつも金曜日には』 Every Friday という作品は、僕が持っている6冊のヤッカリーノのなかで、もっとも好きなものだ。現実のなかにいくらでもあるはずの、平凡な日常のリアリズムになんの無理もなく沿って、小さいけれども素晴らしいフィクションが展開してある。2009年度のボローニャ国際児童図書展で、この作品はフィクション部門で有力候補にあげられたという。
 都会のなかにある集合住宅に、その一家は住んでいる。少年時代の入口にさしかかった男のこと、そのお父さんとお母さん、そしてまだ生まれて間もない赤子に、犬が1匹。毎週、金曜日には、お父さんと少年は、自宅で朝食を食べずに、ふたりいっしょに出かける。お父さんは会社に勤めている。ふたりは自宅から3ブロック歩いて、いつもいくダイナーへ向かう。そしてそこの窓辺の席で、外を忙しげに歩く人たちをガラス越しに見ながら、お父さんと少年は好みの朝食を食べる。食べながらいろんなことを話し合う。この金曜日がほんとうに待ち遠しい、という少年の一人称で物語は展開する。
 自宅からダイナーへと歩いていくまでが、素晴らしい。見慣れた近所の、さまざまな人たちの、いつもどおりの金曜日の営み、というものに対して少年とその父親が抱く愛しい感情をとおして、社会ぜんたいへの視線を少年に育ませるという工夫が、1冊の見事な絵本になっている。なにごとも起きない、ごく平凡な日常のひとこまだが、ここからじつにさまざまな物語を読者はそれぞれに想像しては楽しむことが出来る。1冊の絵本を楽しむとは、その絵本のなかに描かれていることをきっかけにして、その外へ、無限に近く、想像力をふくらませることなのだ。
『いつも金曜日には』
『いつも金曜日には』ダン・ヤッカリーノ 作
 "Every Friday" by Dan Yaccarino, 2007 
(2009年10月12日)

片岡義男

(文と写真)  東京都出身。作家、写真家。最新エッセイ集『ピーナツ・バターで始める朝』が東京書籍より好評発売中。また、今月28日より11月9日まで間、新宿のペンタックス・フォーラムにて開催される「PENTAX K-7の世界」という写真展に、デジタル一眼レフカメラで撮影した作品を出展予定。